イベント開催のお知らせ「アラン・チューリングの銀河系—スマートニュースとたどる本棚への道草—」


こんにちは、スマートニュースの鈴木健です。

スマートニュースでは、コンピュータの父にして数学者のアラン・チューリングをテーマにして、独立研究者の森田真生さんのガイドの元、この1年ほど社内にて講演会、読書会、勉強会、エニグマ電子工作、本棚づくり、小冊子づくりを進めてまいりました。

チューリングの本棚と小冊子「みちくさ」の(未)完成を記念して、10/9(金)に渋谷のスマートニュース本社にて公開イベントを行う予定です。以下に、一連の企画趣旨の説明となる小冊子「みちくさ」の巻頭言と、10/9のイベント概要を記載いたします。もしご興味のある方は、振るってご参加ください。

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「みちくさVol.1」巻頭言

鈴木健

本棚を作りたいと思った。道草のような本棚を。

振り返れば、人生の美しい瞬間は、学校にまっすぐ行くつもりが蝶と花に心を奪われた、あの道草にあったと懐古する人は多い。道草は余計なものではなく、人生そのものであったと気づくのは、常に後からと決まっている。

本の存在を、概念を効率的に習得するための道具とみるならば、教科書はその最たるものである。しかしながら、教科書で学ぶことの弊害は、効率的にすぎることにある。教科書には道草がない。寄り道のない削ぎ落とされた説明は、概念を習得するための最短経路のようなものだ。だが、学ぶこと、概念を習得することは本当に目的なのだろうか。むしろ道草の体験のほうが目的で、概念の習得のほうが手段なのではなかろうか。

アリストテレスの倫理学では、ある目的にとっての手段となるものの価値を外在的価値extrinsic value)、それ自体が目的であるものの価値を内在的価値(intrinsic value)という。人生に目的があるならば、手段もあるはずである。普通の人はそう考える。だが、手段と目的が倒錯し混線するのも、また人間の生命たる所以である。生命とは、自分自身の存在の維持が自己目的化したものであるともいえる。その範囲の中で、手段だったものを目的として取り込みながら生きるのが生命だ。

会社が大きくなるにつれ(とはいってもまだ五〇人程度だが)、スマートニュースという製品が拠って立つところの、コンピュータ、アルゴリズム、人工知能、言語、メディア、ジャーナリズム、公共性といった概念がどこから来たものなのか、その起源を全社員が知っておくことが必要だと考えるようになった。技術やスキルも日進月歩が甚だしい。お互いが準拠する価値観など、あっという間によくわからなくなってしまう。そうしたときに必要なのが普遍性をもつ共通の言語なのである。

そうだ。本棚を作ろう。

いやまて。それだけでは身体化されない置物になってしまう。本は身体化されねばならぬ。

そこで、スマートニュースの全社員を集めて講演会を開くことにした。『ロウソクの科学』で有名なファラデーのクリスマス・レクチャーよろしく、テーマは「アラン・チューリング」として、独立研究者の森田真生さんにレクチャーをお願いしたことが始まりである。実際にはピタゴラス以来の数学の歴史を概観し、アルゴリズムという概念がいかにして数学の世界に登場し、チューリングという数学者が一九三六年に著したひとつの論文に結実したかを、それは見事な物語として紡ぎだしてくれた。

講演があまりに盛り上がったので、興味のある有志が四つのチームに分かれて読書会を行った。あるチームはチューリングの人生を調べ、別のチームはチューリングの一九三六年の原論文を読み込み、あるチームはエニグマの暗号解読をテーマとし、また別のチームは計算機の歴史を調べた。

チューリングは四つの大きな仕事を行ったといわれている。チューリング・マシン、チューリング・ボム、チューリング・テスト、チューリング・パターンである。だが、大事なのはチューリングがなにを為したかではない。チューリングが見ようとしていた風景である。

チューリングの人生を、単線的な歴史として解釈することはたやすい。そう見れば、エニグマとの格闘は道草であったことになる。だが、それ自体が取り組むべき問題であったからこそ、研ぎ澄まされた集中の時間に、最も重要なビジョンに至る「点」が潜んでいた。目的地へたどり着くための道のりはいわば手段である。その手段が脱線したところに、芳醇な果実がある。学ぶべきは思考の結果ではなく、思考の来歴なのである。

起源には、人を惹きつける魅力がある。雷に打たれたかのように戦慄することすらある。人々が戦慄するのは、現象そのものに対してではない。本質を希求する欲望とそこから生ずる描像(ビジョン)に対してである。

万物には起源がある。起源に遡ることは、起源の前にはその事象がないということ、すなわち事象の無根拠性を露わにする。明確な起源というよりも、曖昧模糊とした物語かもしれない。むしろ物語ることにより、起源という幻想が私たちの脳内に生じるのかもしれぬ。あたかも宇宙のはじまりからそこに鎮座していたかのような、完備な思想の描像が誕生するまでに、いかに複線的な文脈があったかを知る必要がある。その時にはまさか繋がらなそうな異なる問題系に、必死で取り組むうちに、点と点が線になり、ニューロンとニューロンが繋がり網になり、ひとつの完成された思想が生み出される。行為の意図は後から紡ぎ出される。

そして、そのビジョンがいかに多様な生態系を生み出すか、多くを語るのは歴史の仕事だけではない。世界中に数百億台の遍在するコンピュータの存在が、リアリティをもって迫ってくる。

小石祐介さんがデザインした本棚の、図と地が反転するようなレイアウトから、チューリングの一九三六年の論文にあるテープとマシンの入れ子構造に思いを馳せるのもいいだろう。また、木のぬくもりの濃淡に、本物と偽物の境界を洞察した一九五〇年の論文を見出すことさえできよう。あとは、好きなように手にとって、ページをめくり、読み込み、座り込み、考え込んでしまうもよいだろう。チューリングがどのような眼差しで世界を見ていたのか、本というメディアを通して想像してみてほしい。

メディアがここにあることの原罪は、他者の他者性である。他者が何を考えているかなど、到底理解できない。代弁もできない。メッセージは伝わらない。ではなぜ、人は伝えるのだろうか。

無限後退するフレーム問題の中で、原理的に到達できないから諦めるのではなく、跳躍を繰り返すことによって学習、適応し、自らを作り変え、再生成し、そして自らが他者に生まれ変わる体験をしていくのである。内側に他者性を抱え込み、蛹のように変態する。外部に開かれるというのはそういうことである。

ニュースを機械学習で選び取るという具体的な問題への挑戦の中で、チューリングに道草をしつつ、集合知としてのチーム・スマートニュースが新たな普遍性を見出すことなどあれば、創業者としてこれ以上望むことはない。

本棚の傍で、この文章を書いている。書き終えようとやって来たものの、思わず本を手に取り読みふけてしまい、なかなか脱稿させてくれない。多くの社員にとって、この本棚がよき道草にならんことを願う。

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【イベント概要】

「アラン・チューリングの銀河系 -スマートニュースとたどる本棚への道草- 」
開催日時:2015年10月9日(金)18:00-22:00
開催場所:スマートニュース イベントスペース

詳細は以下の申し込みページをご覧ください。
http://peatix.com/event/116681

hondana