仕事する身体−−スマートニュースのオフィス移転物語


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スマートニュースの共同創業者の鈴木です。

スマートニュースは今年の2月にオフィスの移転を行い、5月に一通りの工事が終わって一応完成としたが、いまも少しずつ変化している途中でもある。以前の渋谷桜丘町のメイセイビルの125坪から、渋谷神宮前の540坪に引っ越してきた。数十人程度のスタートアップにとって、この規模の移転は大仕事だ。逆に手を抜こうと思えばいくらでも楽はできる。だが、良質なプロダクトは良質な環境からと、多くの素晴らしいメンバーの力を借りながら、かなり頑張ってオフィスづくりに取り組んできた。

人生の中で仕事をする時間は長い。仕事が終わったら部屋に帰って寝るだけという人は、起きている時間のほとんどをオフィス環境で過ごすことになる。オフィスの質は、生活の質といってもよい。営業のように外回りをする人はまだいい。一日中オフィスで仕事をする職業(エンジニアやバックオフィス)になると、なおさらオフィスは重要だ。

現れる存在―脳と身体と世界の再統合 単行本 – アンディ・クラーク (著)

現れる存在―脳と身体と世界の再統合 単行本 – アンディ・クラーク (著)

社員が創造的で生産的な仕事をするためには、脳だけを使えばいいわけではない。人間を含む生命は身体を使って知能を実現している。身体は環境と相互作用する。したがって、環境をデザインすることにより、身体の知性を引き出すことができるはずだ。また、環境は個体と個体が相互作用する場でもあり、集合知を創出する力をもっているはずでもある。個体としての身体の知能、集合知としての知能、両方を引き出すことができるのが環境の力であり、オフィスデザインはそのために考えなくてはならない。知能が身体や環境も含めてどのように実現しているのかについては、私が翻訳に関わった哲学者のアンディ・クラークの著書「現れる存在」を、ぜひ読んでいただければと思う。

現代において、職場は労働(labor)の場所ではない。政治哲学者ハンナ・アーレントの言葉を使えば、より自発的で主体的な行動、すなわち仕事(work)をする場所である。毎朝ウキウキとした気分で出社できるような環境でなくてはならない。ぜひウキウキした気分で、ぼくたちのオフィスデザインの物語も読んでほしい。

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たくさんの家具たち

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スマートニュースのオフィスには、たくさんの素敵な家具たちとの出会いが待っている。これら全ての家具のセレクションは、今回のオフィスデザインの統括ディレクターの江原理恵さんによるものだ。まずエントランスをぬけると、あたたかな光を浴びてしっとりと輝く緑が、目に飛び込んでくる。シルクジャスミンが群生するボタニカルテーブルと、それを取り囲む3種類の黒いソファの袖には、湘南ゴムの木が高くそびえる。オフィスのデザインディレクションを担当してくれた江原さんは著名なボタニカルデザイナーでもある。美しい緑がゲストを出迎える、エントランスにふさわしい居心地のよい空間を演出してくれた。

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ウェイティングエリアの左右や奥には、様々な大きさのテーブルや机、椅子が配置されている。そこにひとつとして同じものはない。セレクションをしてくれた江原さんによれば、人それぞれ、その時々によって、しっくりとくる机や椅子が異なるからだという。自分の身体にあった椅子が見つかって、お気に入りの場所をつくる社員もいれば、その時のフィーリングで、席を変えて気分転換をしながら仕事をする人もいる。

NEWSSTAND

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エントランスを左に進むと、ニューススタンドが目に入る。この世界には、まだ紙でしか読めないような良質な新聞、雑誌がたくさんある。そうした情報に、いつでもふらりと触れられるように、ニューススタンドを作った。ニューススタンドの前には大きなテーブルがあり、雑誌を読んだり、お菓子やお茶を口にしたりしながら会話に花が咲いている。元編集者でもある執行役員の藤村厚夫が雑誌や新聞のセレクションを担当しているだけあって、ここでは良質な情報に出くわす。スマートフォンアプリのSmartNewsをリアルに置いたようなNEWSSTANDを作ろうというプランは、デザイナーの江原さんが当初から構想していたコンセプトであり、オフィスのシンボル的な存在として、社員がもっとも交流する場として実現した。

良質さを身にまとう

良質なプロダクトをつくるためには、日常の中に良質なデザインやコンテンツとの出会いが必要であるという考えは、デザイナーの江原さんと、執行役員の藤村に共通した考えだった。家具、ニューススタンド、コンテンツ、どれも大変良質なセレクションで、きっとぼくたちのプロダクトの力を底上げしてくれるにちがいない。

成長するオフィス

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NEWSSTANDの奥には、社員ひとり一人の席が割り当てられた固定席スペースがある。このスペースの特徴は、デスクが一つの長い板でできていて、足元に遮るものがないところである。人数が少ない時はゆとりをもって、人が増えてきたらアドホックに席を増やすことができる。スマートニュースでは、各チームごとに島があり、背面ごとに一つの単位になっている。背面型になっているのは、顔を見合わせるのではなく、画面を見ながら話したほうが開発作業では便利だからだ。

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固定席の数は現在80人が利用できる分が置かれているが、現在利用されているのは50数名ほどの席。これが70名ほどになったタイミングで、固定席の数を120に増やす予定である。最終的には160まで席を増やすことができる。急速に成長する組織において、オフィスそのものが成長できるようにデザインした。

多様なワークスタイル

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社員は、固定席でもフリーアドレスでもどこでも仕事をしてよい。逆にいえば、ここは来客用だからひとりで作業をしてはいけないというような場所は存在しない。だからみな気ままに、好きなところで仕事をしている。スマートニュースでは、固定席とフリーアドレスを両方用意しているこの方法をハイブリッド型と呼んでいる。社員には、固定席が好きな人とフリーアドレスが好きな人、両方を使い分ける人の3つのタイプがいる。以前のオフィス移転のときに、社員にヒアリングしたところ、固定席派とフリーアドレス派の両方の意見があった。それぞれが快適に仕事ができるように、いいとこ取りをしてハイブリッド型を用意したわけだ。その分、空間効率性が下がるので、かなりゆとりのある空間になった。

なめらかなオフィス

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一方で、ひとつの場所が2つ以上の複数の役割を兼ねているので、見た目以上に効率的でもある。このオフィスにはしきりがほとんどない。エリアとエリアがなめらかにつながり、その時に応じて役割が拡張したり、縮小したりする。いわば、なめらかなオフィスである。デザイン的には、ゾーニングがなかなかできないのでとても難しいと江原さんが嘆いてらした。

フリースタイルゾーン

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フリーアドレスの中でも際立って特徴的なのが、靴を脱いであがるフリースタイルゾーンだ。ここには、たくさんの種類と色のビーンバックとちゃぶ台を彷彿とさせる白いローテーブルが置かれている。江原さんは、日本で手に入るビーンバックは全部調べてセレクションしたというからすごい。

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かつて、ビーンバックはヒッピーカルチャーのシンボル的なアイテムであった。パーソナルコンピュータやGUIの起源となるアルトが生まれた、伝説のゼロックス・パロアルト研究所にも、ビーンバックの部屋があったという。

写真:Computer History Museumより引用

そこで自由な格好でフラットな議論が行われたことにより、多くのイノベーションが生まれた。このエピソードは、シリコンバレーにある、Computer History Museumにも展示されている。ビーンバックを置いたのは、前回の移転のときに靴を脱いで仕事をしたいという社員の意見を採用したからで、予めパロアルト研究所のエピソードを知っていたわけではなかったのだが、偶然の一致がちょっぴり嬉しい。

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今回の神宮前オフィスだけではなく、10月にオープンのサンフランシスコ・オフィスでも、ビーンバックが置かれたフリースタイルゾーンが作られる予定だ。オフィスデザイン担当のVincentはここにこたつを置くつもりらしい。

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ビーンバックの他に、これも社員のリクエストで、ハンモックがぶら下がっている。気分転換にハンモックに揺られると大変気持ちがいい。フリースタイルゾーンは、壁にプロジェクターを投影することができるので、数人から全社規模までのミーティングにも使われることも多い。靴を脱いで地べたに座って話すという独特の空気は、確実にフラットな会社のカルチャーの醸成に役立っている。予想外だった使われ方としては、このスペースは体を動かすに十分な広さなので、朝はストレッチや体操がおこなれている。時々ゴムボールを蹴っている人もいる。

創造性>生産性

フリースタイルゾーンで、もう一つ特徴的なのは、壁一面を覆う巨大なホワイトボードである。機械学習を使って良質なニュースを選別するスマートニュースの開発陣は、アーキテクチャーや式の計算などで、ホワイトボードを多用する。この巨大なホワイトボードが午前中の間にほとんど埋まってしまう日があるほどだ。壁一面がホワイトボードになるのは、アイデアペイントという塗料を塗って、どこでもホワイトボードにできる技術があるからである。

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よくみると、フリースタイルゾーンに限らず、オフィスのすべての柱がホワイトボードになっていることに気づくだろう。どこでもホワイトボードというのは、私自身が以前訪れたことがあるサンタフェ研究所を参考にしている。サンタフェ研究所は数学者、物理学者、経済学者、生物学者、哲学者など異なる分野の研究者が集まる複雑系の研究所だ。廊下でもどこでも、異分野の研究者が出くわして議論がはじまり、そのときにすぐに式が書けるように、研究所のいたるところにホワイトボード(正確にはペンで書けるガラスだったりする)が設置されていた。

いたるところにホワイトボードがあることは、「集合知としてのオフィス」という考え方に基づいている。知能とは、決して脳だけで行われるわけではなく、身体や環境も含めて知能を実現しているということは、人工生命や認知科学ではおなじみの考えである。

仕事をする以上、生産性は大事だが、創造性はもっと大事だ。スマートニュースはイノベーションを起こしてきた。世界のニュースアプリのデファクトスタンダードをつくってきたという自負がある。そして、これからもイノベーションを起こし続けなくてはならない。誰かの真似をするのではなく、誰かに真似されるような独創的なアイデアを、自ら悩みながら作り上げていかなくてはならない。これはスマートニュースに課せられた使命でもある。生産的に仕事をするなら普通の固定席のほうがいいかもしれないが、新しいアイデアはフリースタイルゾーンで寝そべりながら考えたい。どこでもホワイトボードに加えて、ニューススタンドやなめらかなオフィスなど、このオフィスにはノイズが溢れている。ノイズはある意味無駄かもしれないが、大事に守らなくてはならない創造性の種なのである。

集中エリア

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フリースタイルゾーンの近くに、やや奥まった雰囲気の中で置かれているのが集中エリアである。創造性を重視するとはいえ、ひとり静かに作業に集中したい時もある。そのために用意されたのが壁で隔離されたこちらの席だ。各部屋ごとに微妙に壁の色を変えているので、ここも気分あわせて選んでもらえる。振り返ると、窓際にスタンディングデスクがある。春には窓から見える桜が眩しい。

SmartKitchen

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良質な空間だけでは、社員が健康的で快適に仕事をすることはできない。なんといっても身体をつくる食事も大事な要素だ。そこで、オフィスの移転にあわせて、美味しくて健康的な食事ができる社員食堂、名付けてSmartKitchenをつくることにした。そのためにはキッチンと食べる場所、つまり食堂が必要だ。設計上の都合とビルとのいろいろなやりとりの中で、結局キッチンは3F、食堂はイベントスペースと兼用で2Fにつくることにした。食事を作るパートナーをdaylight kitchenさんにお願いし、毎日素晴らしいランチが社員に無料で振舞われることになった。詳しくは、こちらのエントリーをご覧になってほしい。

世界一の社員食堂を目指して スマートニュース神宮前オフィスに「SmartKitchen」オープン!

SmartKitchenをつくるにあたっては、勉強のため、様々なネット企業の社食に訪問させていただいた。中でも、Google Japanの社食を立ち上げの初期から担当している、フードマネージャの荒井茂太さんのお話は大変参考になった。荒井さんはバリスタとしても一流の腕をお持ちだが、GoogleのFood Cultureを作り上げた世界一有名な社食シェフCharlie Ayersから直接薫陶を受けながら、世界中のGoogleの中で最も美味しいと言われるGoogle Japanの社食を切り盛りしている。Charlieの考えでは、カフェは食事をするだけではなくコミュニケーションが生まれる場所。普段話さないような人と偶然会話が始まるよう、ビュッフェがわざと行列になるように設計されていたり、ヒルズの窓から外を見下ろせる個席をわざと無くしていたり、8人掛け以上のテーブルしか置かないようにしていた。SmartKitchenもこれに習って、席は8人掛けにして、チームを超えたコミュニケーションが活発化するようにしている。

http://www.google.org/crisisresponse/kiroku311/chapter_14.html

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最近は、ランチの前後にゲストが30分前後トークをするスマトークという企画も始まった。
ちなみに社員はみんな多趣味なので、スタートアップ界隈に限らず、テーマもノンジャンルでなんでもよい。創造性の種としてのノイズがあればそれでいい。ランチのついでにスマトークに登壇してくれる人、絶賛大募集中である。

良質なコミュニティ

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さて、昼にはSmartKichenになるこのイベントスペースの空間デザインについて説明しよう。椅子だけ配置した場合、イベントスペースとして240人の収容能力がある。実際、現在週3〜4回ほどのイベントがこのスペースで開催されていて、最低週1回は100人以上の規模のイベントが開かれている。やや高めのステージには、プロジェクタを投影するスクリーンと、赤さが鮮烈なイサム・ノグチのフリーフォームソファが置かれている。

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これは、ローソファに腰掛けながら、ゆったりとした雰囲気でゲストの方に話していただきたいという気持ちから、江原さんにセレクションしていただいたものだ。ステージがやや高めなのは、後方の観客も前の人の背を超えて、ローソファに座ったスピーカーの顔が見えるように、計算されているからだ。また、もともとこの空間には柱があるため、後部柱にはディスプレイが設置され、常にゲストやステージが映し出されている。

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なぜ、社員数十人の会社がここまでイベントスペースに力を入れたかといえば、良質なコミュニティを作りたかったからである。社員の知り合いには、面白い人たちが多い。そういう人たちが開催する良質なイベントを誘致して、また面白い人同士がつながっていくのを見るのはとても幸せな気持ちになる。みんなが気兼ねなくイベントを開催できるように、気合いを入れて最高の設備を用意した。

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ビュッフェスタイルのSmartKitchenには、食べ物を置く大きなテーブルがある。江原さんデザインのこのテーブルは、屋台のようにイベントの仕様にあわせて移動して利用することができるため、大変便利である。

キッチン

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SmartKitchenで振舞われる食事がつくられるのが、3Fのキッチンだ。本当は2Fにあると導線上便利なのだが、紆余曲折を経て結局3Fになった。だが、実際に3Fに作ってみると、ここにあるのが意外によい。daylight kitchenさんの3人のスタッフの方が朝からランチのために準備をしてくださっているのだが、その仕事ぶりをガラス越しで見ているだけで、なぜか幸せな気分になるのである。オフィスというのはどこか生活から遠い場になってしまう。それがキッチンが目の前にあり、ぼくたちのために心を込めて美味しい食事を作ってくれるという風景があるだけで、アットホームな気持ちにさせてくれるのだろう。

COFFEE STAND

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キッチンの前にあるカウンターは、今年中のオープンを考えているコーヒースタンドだ。午後になるとこちらに、NOZY COFFEEのバリスタさんに常駐していただき、シングルオリジンの美味しいコーヒーを飲めるようにしようと計画している。これは、午後のちょっとした時間に、お菓子を片手に香り高いコーヒーをすすりながら、社員が団欒してくれると嬉しいなという気持ちからである。

このキッチンとCOFFEE STANDを作るためには、ビルの電力の都合や様々な導線設計からとても苦労した。これらの問題を次々と解決してくれたのが、情報システムマネージャの菊池貴則である。彼はそこが専門なわけではないのだが、前職での経験からオフィスの移転や水回りなどについてもとても詳しく、この難易度の高い要望も快く引き受けてくれた。

顔認証

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菊池のアイデアで実現したものの中で、社員からもゲストからも反応が一番よいのが顔認証だ。共同創業者浜本のセキュリティーカードを首からぶら下げたくないという要望を受けて、菊池が顔認証による入室システムを構築した。認証の精度もよく、反応もきびきびしていて、承認されて自動ドアがすっと開くと、未来を見ている気分になりとっても気持ちがいい。ちなみに、赤外線を使っているので、夜で周りが暗くても認証できたり、写真だと認証が通らなかったりと、実によく工夫されている。

配線の美学

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先日のオフィスお披露目パーティーのときに、コロプラの副社長、千葉功太郎さんがいらしてくれた。彼もコロプラの移転を何度も手がけているので、オフィスには相当詳しい。その千葉さんが褒めてくださったのが、このオフィスの配線である。彼曰く、このオフィスの配線はとても美しいらしい。オフィス移転もこのレベルの熟練者になると、見ている視点が違うなあと、とても感心したのだが、菊池さんと施工をしていただいたVISさんがどれだけ丁寧にいい仕事をしているか、わかる人に認めていただいたのが大変うれしかった。

会議室ではない!

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3Fに3つ、2Fに6つある小さな部屋は実は会議室ではない。スマートニュースではいわゆる形式ばった会議よりも立ち話やカジュアルなトークが推奨されている。なので、打ち合わせも会議室よりもフリーアドレスのソファで行われることの方が多い。これらの小さな部屋は採用面接用のインタビュールームである。さすがに採用面接はオープンスペースで行うことはないので、心配なく応募してほしい。

フォンブース

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また、3Fには小さな部屋が3つある。これは、スカイプなどで米国のオフィスとやりとりするためのフォンブースである。スマートニュースはサンフランシスコとニューヨークにそれぞれ拠点があり、現在9人の社員が働いている。フォンブースは、Skype英会話の勉強部屋として、あるいは集中作業部屋としても、有効利用されているようだ。

自転車置き場

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2Fのイベントスペースと逆のほうへ廊下を歩くと、インタビューを行うことが主目的の会議室スペースがある。実はここには、自転車置き場があって、最大30台置くことができるようになっている。社員のうち約20%が自転車通勤で、運動不足解消のためにも自転車通勤しやすい環境を整えている。

チューリングの本棚

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写真:新津保建秀

アラン・チューリングをテーマとした本棚をこのスペースにつくった。きっかけは、去年の12月に独立研究者の森田真生さんからチューリングをテーマとした社員向けの講演会。2000年の数学の歴史の中から、いかにアルゴリズムという概念が生まれてきて、1936年のチューリングの論文に結実したか、それは見事な物語として紡いでくれた。これを受けて、社内で4つの勉強会が立ち上がり、あるチームは原論文を読み、あるチームはエニグマを調べたりした。最終的に、デザイナーの小石祐介さんに本棚をデザインしていただき、森田さんを中心に選書をした本を置いた。これらのプロセス全体を説明する小冊子「みちくさ」を刊行した。

この本棚をつくったのは、社員が共通にもっていてほしいアルゴリズム、人工知能、ジャーナリズム、政治哲学などについての教養を身体化させたかったからだ。この本棚をつくったより詳しい理由やプロセスについては、小冊子に寄稿したこちらの巻頭言をぜひご覧いただきたい。

デザインと移転のプロセス

以上、オフィスの概要をかいつまんでご紹介してきたが、最後にオフィスデザインと移転のプロセスについて紹介したいと思う。

渋谷桜丘のオフィスに移転したのが2013年10月で、移転したのは2015年2月だったので、前のオフィスには1年4ヶ月しかいなかったことになる。実際、今回の移転計画が始まったのが2014年の6月で、7月から移転先候補の内見をはじめた。オフィスの移転を考えなくてもいい期間は、実質9ヶ月しかなかったのだから、スタートアップは忙しい。

会社の規模が大きくなっても、できる限り維持したかったのがワンフロアで働ける環境である。フロアが分かれるとどうしても会社の空気が分かれてしまい、一体感が失われる。150人が一緒に仕事をするためには、なんといってもワンフロア300坪以上の物件が必要だ。渋谷にはそうした物件が少ない。過去、GoogleやApple、最近はLINEなど、渋谷で成長して大きくなった企業はみんな渋谷から飛び出していく。東急グループも危機感をもって、2020年完成予定の大規模な渋谷の再開発計画を進めている。

オフィス選びの当初の候補としては恵比寿や目黒のエリアまで広げて内見した。その多くがタワー型のオフィスビルだった。内見しているときに共同創業者の浜本がぽろっといった一言が忘れられない。「いいんだけど、完成されすぎている。」 そう、タワー型のオフィスビルは完成されすぎているのだ。街から離れ、ビルの中で完結されすぎている。そして、街としては渋谷がやっぱりいい。

そういう中で見つけたのが、ここ神宮前の物件だった。場所は原宿に近く、キャットストリートがそばを通っている。問題は桜丘に比べて、オシャレすぎることだ。一部のエンジニアにはちょっと辛いかもしれない。しかし、キッチンや、天井のぶち抜きなど、物件に相当手を入れていいところはとても魅力的だった。ぼくたちらしく、オフィスづくりができるに違いない。

こうして、物件を決めたのが8月。だが、当初は3Fだけだった計画が、8月下旬には2Fの99坪のフロアが開くことになり追加契約。さらに10月には2Fにさらに129坪が借りられることになり、つくったデザイン案をゼロベースでまた考え直すことが繰り返された。

この期間、スマートニュースの事業としては、8月8日に36億円のシリーズBの調達、前後してTV CMの開始、10月には米国版のスマートニュース、12月には広告事業のスタートと800人規模のカンファレンスの開催と、とても忙しかった。そして日米を行ったり来たりしながらなので、オフィス移転のチームビルディングをする時間がなかなかとれず、関係者のみなさんにとても迷惑をかけた。

そういった中で、体制を明確にするために、筆者の鈴木がオフィス移転の総責任者、デザイン責任者は江原さん、オペレーション責任者は菊池、財務/契約責任者は堅田、これに塩澤がSmartKitchen担当、平原がアシスタントとして、チームが組成された。

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写真:新津保建秀

ボタニカルデザイナーの江原理恵さんは、株式会社REの代表取締役社長として、様々な活動を行っている。ボタニカルデザイナーとしてダナ・キャランの店舗のディスプレイなども手掛けているが、様々なスタートアップを手伝ってもいて、ニューヨークのスタートアップエコシステムへの取材をクラウドファンディングで実現したことなどでも有名である。実は前回のメイセイビルのオフィスの移転のときは、ボランティアとしてデザインをしていただいた。前回のオフィスの評判が大変よかったので、今回は正式なビジネスとしてお願いすることとなった。

その江原さんの知人でもあるのが、今回のオフィスの施工をお願いすることになったデザインオフィス専門のVISの金谷取締役である。金谷さんをはじめとするVISさんにも、前回のオフィス移転同様引き続きお願いすることになった。これだけ短期間でこの規模のデザインプランと工事を行うのは、金谷さんの記憶でもないらしく、移転が終わった後の金谷さんの「修行のようでした」という一言が忘れられない。オフィス移転というのはそれだけ大変なのである。

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そういうわけで、実質的に11月からデザインをスタートしながら、これだけの広さでこれだけの工夫が凝らされたオフィスを2月にオープンするのは絶対に無理であることは明らかだった。当時は決まっていないこともたくさんあった。そこで、2月の移転は3Fを中心として、5月までにキッチンの工事や家具の搬入などを行うという二段階の移転計画にすることにした。これでようやく移転計画が現実的なものとなった。

デザインプロセスとしては、まず、社員全員が集まるランチタイムにワークショップを行って、みんながどんなオフィスにしたいかというヒアリングを行った。また、デザイナーの江原さんを中心に、丸一日かけて、その当時の全社員に対して個別のヒアリングを行って、個々の社員の要望を集めた。

それらをすべてまとめた後に、実現可能なこと、そうでないことを仕分けし、オフィスの図面の中にレイアウトしていく。これはとても大変な作業で、複数の制約条件を同時に解きつつ、加えてビルに関するの消防法などの法令を遵守しなければならないので、自由になんでもできるわけではなかった。最終的に、それらの条件を満たすレイアウトをどう実現するか、江原さんと細かい討議を行い、最終レイアウトを思いついたのは、11月中旬になってからで、ほぼほぼ完成のレイアウト図面をVISさんに作っていただいたのが12月2日のことである。先ほど書いたように、12月1日が広告事業の開始と800人規模のカンファレンスの開催だったので、その前のとても忙しい時期で、本当に関係者一同に迷惑をかけて申し訳ない気持ちになった。

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このレイアウトの完成をもって、ようやく具体的なデザイン作業ができるようになる。時に、引越しの2ヶ月前である。ここから先もタイトなスケジュールにつき苦労話にこと欠かず、引越し前後は経理マネージャーの福原の大活躍もあり、なんとか移転を終えた。とにかく終わってみると、新しいオフィスへの社員の満足度が高く、本当にやってよかったと思っている。

当初の想像を超えて一万字以上の長い文章になってしまったが、スタートアップのオフィス移転がどんなもので、理想を実現するために何を想い何を考えていたのか、片鱗を垣間見ていただけたのではないだろうか。これが多少の参考となり、笑顔に溢れるオフィスが少しでも増えてくれれば幸いである。

最後に素晴らしいオフィスを作り上げてくれた移転チームとパートナーのみんなに感謝したい。ありがとう!

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