8300枚の棚田を一枚ずつ再生していく:NPO英田上山棚田団〜アトラス日記 vol.3〜


こんにちは、スマートニュースの望月です。アトラス日記 vol.3をここにお届けします。(「アトラス日記」はSmartNews ATLAS Programを通じて支援しているNPOについての連載記事です。)

今回はNPO英田上山棚田団(あいだうえやまたなだだん)の本拠地、岡山県美作市(みまさかし)の上山に行ってお話を伺ってきました。岡山県と言えば、数年前に倉敷には一度遊びにいったことがありましたが、岡山駅は初上陸。東京から3時間半くらいかかりました。岡山駅からさらに車で1時間ほど北上していくと上山の地にたどり着きます。

atlas3_02岡山県美作市上山。ここらへんです。

かつて、この上山の地には「上山の千枚田」と呼ばれる日本有数の規模の棚田がありました。「千枚田」と名前が着いていますが、かつては8300枚もの棚田でお米を作っていたとのこと。しかし、「上山の千枚田」も高齢化や過疎化が進んでいつしか荒れ果ててしまったそうです。

atlas3_03
棚田の耕作放棄と再生。写真家 高田昭雄さんによる3枚の写真

ちなみにこの「英田上山棚田団」という名前、いきなり正しく読める人はあまりいないと思うのですが、「英田」は「えいだ」でも「えいでん」でもなく「あいだ」と読みます。「上山」は「かみやま」ではなく「うえやま」です。あいだうえやまたなだだん。

aida_ueyama_tanadadan_logo棚田団のロゴ。棚田マークがかわいいです。

そんな、棚田団、そして上山の地を案内してくださったのは2年ほど前に広島から移住してきた沖田さん。棚田団のなかでは比較的新しいメンバーで、元々は電気技師としてばりばり働いていたそうです。

atlas3_04沖田さんとヤギのトトちゃん

ニュースでは毎日のように地方の高齢化や過疎化の問題が取り上げられています。そんななか、日本中の様々な地域からメンバーが集まって毎年どんどん棚田を再生していく棚田団の活動は、地域活性化のモデルケースの一つと言えると思います。沖田さんと上山を一日めぐり、いろいろな人のお話を伺いながら、棚田団の成功の秘訣を考えてみました。

ここに本当に棚田があったのか……とんでもなく地道な棚田再生

と、その前に、まず「棚田を再生する」って具体的には一体何をどうするの、というところから勉強です。沖田さんに、再生前の「かつて棚田だった場所」を見せてもらいました。

atlas3_05笹が生い茂る「元」棚田。3メートルくらいはありそう

ーーー沖田さん、本当にここに棚田があったんですか……。

「そうなんですよ。この一帯はぼくが担当なので、これから一人でどんどん笹を刈って、そのあと少し置いて乾燥させてから野焼きで燃やしていきます。手前は、こないだ一日かけて刈りまくりました。野焼きをすると、下に埋まっている石垣が見えてくるんですよ。もちろん、野焼きは安全面をきちんと考えたうえでほかのメンバーと一緒にやります」

atlas3_06野焼き。音と煙。すごい迫力

ーーーまさか一人で草刈りをやっているとは……。野焼きが終われば田んぼが始められるんですか。

「いえ、野焼きでは全然終わらないんですよ。笹は地下茎をびっしりと張っているので、それを取り除かないといけないんです。そのために重宝しているのが蕎麦ですね」

ーーー蕎麦?

「そう、蕎麦です。蕎麦の実をまくと、不思議と笹の地下茎がなくなるんです。そうすると、また雑草は生えてきてしまうんですが、またその草を刈って……と地道に続けていきます。田んぼを始める準備が整うまでに最初の草刈りから2〜3年はかかりますかね」

atlas3_07沖田さん、松原さん、台湾からの視察で来ていたマイケルさん

大変な作業なのだろうとは思っていたものの、想像の10倍くらい地道な作業でした。8300枚のうち2〜3割は再生が進んでいるということなので、すでに2000枚分くらいはこうした地道な作業を繰り返してきたというわけです。2007年からじっくりゆっくり。

こんな地道で大変な肉体労働、普通にやれと言われてもなかなかできるものではありません。しかも一週間限定とかではなく、その地にがっつり移住して毎日、毎月、毎年です。そのモチベーションは一体どこから出てくるのでしょうか。

棚田を再生する理由、棚田の再生を続けられる理由

ーーー沖田さんはなぜ上山に移住しようと思ったんですか。

「これまでずっと広島一筋で生きてきたんですよ。仕事も生活もずっと広島でした。上山に来る前は広島の都会で電気技師の仕事をしていて、その仕事も充実していたんです。でも、なんだか新しいことがしたいなという気持ちがあって。そのときに棚田団と出会ったんです」

ーーー新しいこと、ですか。

「うーん、そうですね。何だか ”もう一通りの消費はやり尽くしたな” という感覚があったんですね。ほしいものはもう手に入った気がする。これからは何かを生み出す仕事がしたい、そんな風に思っていたんですね。そんなときに出会ったんです、『かっち』 に。」

ーーーかっち??

「はい、棚田団初期からのメンバーでめちゃくちゃ面白い人なんですよ。いろいろなアイデアをいつも考えていて、常に新しい動きをしてくれます。ぜひ望月さんに紹介したいです」

atlas3_08西口さん。「かっち」という愛称で親しまれるみんなの兄貴分

ということで、2007年から上山の再生を引っ張り続ける「かっち」こと西口さんに話を伺いました。かっちは元々は大阪で働いていましたが、いとこからの呼びかけに乗って、上山に関わるようになったそうです。最初は週末だけ大阪から上山に通っていましたが、今は上山に定住しています。

ーーーこんなに大変な作業なのに、皆さんとても楽しそうに見えます。

「自分たちがやりたいことをとにかくムチャクチャにやっているからじゃないかな。棚田再生には大きな社会的意味がある。棚田が果たす治水機能はここより下で暮らしている人にとっても本当は他人事ではない。棚田の再生を継続的に行っていくために、僕はこの上山という地で、自立した持続可能なモデルをつくっていきたいと思っている。例えばソーラー発電でオフグリッドを実現していく。田舎の僕たちこそ新しい仕掛けにどんどんチャレンジしていかないといけない」

ーーーとはいえ生きていくための稼ぎはどうしているのですか。

「確かに棚田をこつこつと再生するだけでは食べていくことはできないよ。お米や日本酒を普通につくって売るだけではほかの商品と同じ土俵に乗ってしまう。競争に巻き込まれてしまうんや。そして、もう一つもっと大切なことがある。僕らはただ商売がしたいから棚田団をやっているわけではないということ、そのことを忘れてはいけない。僕らのミッションはあくまでこの棚田を再生することや」

atlas3_09はぜ干し作業中の棚田団

ーーー確かに、それはそうですね。

「じゃあどうするか。例えば、商売の効率だけ考えたら誰もはぜ干しなんてやらないよ。大変だし、時間もかかるからね。でも、この風景を取り戻すことに別の価値を感じて応援してくれる人や企業が少しずつ増えている。例えば、ただ日本酒をつくって市場で売るんじゃない。そうではなくて、応援してくれる人たちに日本酒づくりに出資していただく。そうすることで、僕らは安心して酒米をつくり、酒蔵さんと協力して最高のお酒をつくる。もちろん出資者にはそうしてつくった最高の日本酒をたんまりお送りする。僕らの農業は『魅せる農業』。少しでも多くの人に応援してもらえるよう、これからも追求し続けていきたい」

地元の人たちと一緒に地域の未来をつくっていく

高齢化や過疎化が進めば農業を継続するのが難しくなるのは上山に限った話ではありません。日本のほかの地域でも同じ問題に直面している場所は多いでしょう。

こうした問題に対して、別の地域からの移住、とくに若い世代の移住が解決策として提唱されることも多いと思います。確かに大変な肉体労働が必要な場合も多いでしょうから、若い世代の力が必要なのはその通りかもしれません。でも、移住する側にとっても、移住を受け入れる側にとっても、新しくコミュニティを紡ぎ直していくことはそう簡単ではないはずです。都会でなら血縁や地縁など関係なく新しい関係を作っていくことはよくありますが、地方に行けば行くほど、難しくなるのではないかという気もしてしまいます。

atlas3_10左から棚田団の梅谷さん、沖田さん、水柿さん、地元のおじいさん。神社の秋祭りで

沖田さんは「地元の人との関係はとても良い」と断言します。その理由としてメンバーが口を揃えるのが上山のオープンな風土。ですが、私はそれに加えて、地元の伝統行事や地域にとって重要な活動にも積極的に関わり、しかもそれを楽しんでしまうメンバーの姿勢がとても大切なのではないかと感じました。有言実行で棚田を地道に再生していく、それによって地元の人たちの信頼を勝ち得る、そして棚田の再生以外の活動も地元の人たちと一緒になって主体的に関わっていく。

例えば、沖田さんなど若手メンバーが中心となって秋祭りの獅子舞踊りを復活させたこともその一つです。お祭りでは、地元の人たちと棚田団のメンバーや家族が一緒になって神様に供え物をしたり、獅子舞踊りをしたり、御神輿を担いだり。いろいろな世代の人たちが一緒になってその時間を楽しんでいました。(私もちゃっかり御神輿担がせてもらいました。)

こうした様子を見ながら、自分のなかの「NPO」という概念がぐらっと揺るがされるような感覚を覚えました。この人たちにとって、どこからが「NPO」としての活動で、どこからが「個人」としての社会的な活動なのだろう。おそらく、その2つを切り分けることはできないし、仮に無理矢理切り分けたとしても、その両方がなければ上山で持続可能なコミュニティをつくっていくことはできないのだろうと思います。

過疎化がどんどん進んでいくという趨勢は日本の多くの地域で変わらないでしょう。そのなかで、地域を活性化させたいと思っている人はたくさんいる、でもそれをやり切れている地域ばかりではないようにも思います。地元、移住者、そして外から応援する人たち、それぞれが同じ目線でその地域の未来を考え、つくっていく。言うは易し、行うは難し。何でも楽しんでやってしまう棚田団の姿にそのヒントがあるのではないでしょうか。

沖田さん、棚田団のみなさん、素敵な一日をありがとうございました〜。

【アトラス日記の過去記事はこちら】
vol.1 獣害対策の最前線:NPO甲斐けもの社中
vol.2 世界中に安全な水を届ける仕事:NPO WaterAid Japan

SmartNews ATLAS Program