感情を回復するための復興支援。北関東大洪水のその後:NPO ADRA Japan〜アトラス日記 vol.4〜

こんにちは。スマートニュースの望月です。アトラス日記 vol.4をここにお届けします。(「アトラス日記」はSmartNews ATLAS Programを通じて支援しているNPOについての連載記事です。)

今回はNPO ADRA Japan(アドラジャパン)による、茨城県常総市での災害支援についてお話を伺ってきました。アドラはグローバルな災害対応や開発支援に関わるNPOですが、日本国内の防災や災害復興にも長く携わってきました。

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北関東で実際に災害が発生したのは、2015年9月9日から10日にかけてでした。北関東や東北地方での豪雨の結果、鬼怒川の堤防が一部決壊したことによって大規模な水害が発生しました。

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決壊した鬼怒川はすでに静かな表情を取り戻していました

この災害に対して、アドラが実際にどんな活動をしているのか、茨城県常総市に早くから入って活動をしているアドラの渡辺さんに直接会いに行って現地でお話を聞かせていただきました。災害から3カ月弱経った昨年11月末のことです。秋葉原駅でつくばエクスプレスに乗って守谷駅で関東鉄道に乗り換え、水海道(みつかいどう)駅で降ります。秋葉原から1時間もかかりません。

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水海道駅に到着

地図を見て分かる通り、今回堤防が決壊した鬼怒川と、小貝川という2つの川にこの地域は挟まれています。堤防は街の中心部より高くなっているので、堤防が決壊すると街が大きな水たまりのようになってしまうという特徴があります。今回の水害が長期化したのも、こうした地形に因るところも大きいそうです。「水海道」という地名もこうした土地柄を表しています。

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水海道駅。西に鬼怒川、東に小貝川に挟まれています

駅前で渡辺さんと待ち合わせをし、車で市内の様子を見せていただきました。渡辺さんは、アドラで日本国内の防災や災害対応を専任で担当されている方。今回の災害以外にも東日本大震災の復興支援など数多くの防災/災害対応に携わられています。

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運転しながら市内の状況を教えてくださる渡辺さん

すでに発生から3カ月近くが経過していたとはいえ、常総市のいたるところに災害の爪痕が残っていました。

災害の爪痕

鬼怒川の堤防が決壊した結果、常総市は街全体が大きな水たまりのような状況になってしまいました。1メートルを優に越える水が流れ込んできた結果、多くの家の一階部分が浸水し、二階での生活を余儀なくされてしまったそうです。

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生け垣に残る水の跡

多くの一戸建てでは、一階にキッチンやお風呂などの水回りが集中していることから、それらの改修にかかる費用を各自が負担する必要があります。保険に入っていなかった家庭も多かったそうですが、同時に公的補償も限られた条件を満たさなければ支給されないという厳しい状況があります。短期的な生活の危機だけでなく、長期的かつ経済的な問題にも対処しなければなりません。

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空き家になったアパート

こちらのアパートにも水の跡が残っていますね。中はがらんとしていて、多くの居住者が引っ越してしまっていることがわかります。水害の結果、人口の流出という問題も発生しています。アパートの大家さんからしても、1階を修繕してやり直すか、アパート自体のビジネスを諦めるかの大きな決断を迫られることになります。

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大量のゴミ

また、街中のいたるところにゴミが捨てられている様子も目にしました。ゴミ処理にも多額の費用がかかることから、不法投棄の問題も発生しているそうです。また、2006年に水海道市と石下町の合併でできた常総市では、それぞれのエリアでゴミ処理の仕方が異なっており、それによる非効率の問題も災害発生当初は大きかったようです。

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水圧でひしゃげたガードレール

常総市には田んぼや畑も多くあるのですが、農業被害も凄まじく、公的補償の対象とならない場合もあることから、農家の方も対応に困っているそうです。

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排水溝が押し流されて田んぼに横たわっていました

水害は大きく分けて鬼怒川の二カ所から発生しました。まず、旧水海道市エリアで堤防が決壊してしまったことによって街に水が流れ込みました。もう一つは旧石下町エリア、堤防を川の水が越えてしまったのです。

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倒れた家が畑の真ん中に転がっていました

堤防決壊現場の近くの畑では、地面がむき出しの状態になっており、倒れた家がそのまま転がっていました。

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この先が鬼怒川が決壊した場所。工事が行われていて、これ以上立ち入りできない

決壊現場ではこれから何ヶ月にもわたって工事が行われるそうです。周りはほとんど全てが水に流され、がらんとしていました。

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工事現場の風景。一面水に流されていて、ほとんど何も残っていませんでした

集めた寄付を何に使うか。「ゆあしす号」が生み出すコミュニケーション

アドラでは、災害が発生してすぐに、緊急募金のページを立ち上げました。私も災害が起きてすぐに、緊急募金を集めている団体がないかインターネットで調べていたのですが、アドラは募金ページの立ち上げが一番早かったと思います。

そこで、SmartNewsでは、アドラと連携して、緊急募金を集めるための広告を出しました。こうした取り組みの結果、全国から少しずつ寄付が集まったそうです。

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SmartNewsも連携して緊急募金を集めた。

アドラでは、こうして集めたお金を使って、被災現地に雑巾や土嚢を送り、渡辺さんの派遣も決めました。こうしたアドラの取り組みのなかで特にユニークなのが、災害支援用の多機能バス「ゆあしす号」を活用しながら毎月開催している「サロン」だと思います。

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「ゆあしす号」と渡辺さん

「ゆあしす号」は東日本大震災の復興支援にあたり、アドラが世界中から集めた資金を活用して日本のためにつくった、特別な多機能バスです。渡辺さんが、自身の長年の災害復興の経験を凝縮してつくりました。

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「ゆあしす号」の中の様子。

「ゆあしす号」の中は、このようにカフェのようになっていて、コーヒーやお茶を飲みながら住民同士がコミュニケーションを取ることができるようになっています。アドラはそうした交流のための「サロン」を不定期に開催し、コーヒーや紅茶を無料で提供しています。災害後は、住民間や住民とボランティアの間でのコミュニケーションがとても重要です。それは単に情報収集をするという目的だけでなく、傷ついた感情面の回復のためにもとても重要だと渡辺さんは言います。

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とてもリラックスできます。カフェのよう

「何に困っていますかとか、何がほしいですか、と直接的にニーズを聞くようなことはしません。あくまで、普通にお話をさせていただくなかで、地域ごとの状況や問題が間接的にわかってくる。そのためにもサロンは重要な役割を果たしています。ただし、お話を聞く前にやっておかないといけないのが地名をきちんと覚えておくこと。地名がわからないとおばあちゃんたちの話についていくことができません。災害支援に入る前に地名を丸暗記しておくことが大切です」

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バスの外で足湯もできる。すごい

東北では、「ゆあしす号」を活用して足湯の提供もしているそうです。様々な形で、災害で傷ついた地域住民にとっての憩いの場、コミュニケーションの場を提供していることがわかります。

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無料でコーヒーや紅茶を提供している。集めた寄付の大切な使い先

車内はカーテンで何重にも区分けすることができ、女性が安心して着替えたり、授乳したりすることができます。外からも見えないようになっており、プライバシーが保たれています。

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椅子を広げれば、災害ボランティアにとっての貴重な寝床になる

また、椅子の部分を広げてベッドにすることもでき、ボランティアの寝床として大活躍しています。災害支援が必要な場所でホテルが営業していることは稀でしょう。すると、泊まりがけで支援をしようとすれば野宿をするしかなくなってしまいます。「ゆあしす号」があることで、より機動的に様々な現場に入り込むことができます。

アドラが大切にしていること

渡辺さんに、防災や災害支援で大切にしていることを聞いてみました。

「防災はソフト面が大切だと思っています。お金はどうしてもハード面に行きがちですが、それはハード面のほうが使い方を考えるのが簡単だからです。ソフト面は効果的なお金の使い方、アイデアを考えるのが難しいし、効果を測定するのも難しいです。サロンや足湯の効果を測ろうとしても測りようがありません。でも、だからやらなくていいということにはならない。むしろ積極的にやるべきだと思っています」

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「ゆあしす号」でお話を伺いました

ーーー災害対応で難しいことは何ですか?

「災害はあらゆる人に打撃を与えますが、特に弱者の被害が大きくなります。例えば、知的障がいを持った方。学校の体育館など、みんなが集まって避難している場所にいることが極度のストレスになることがあります。彼らをどのように受け入れていくのか。これもソフト面の問題です。箱だけ用意して解決するわけではない。現場に入り込んで、それぞれの問題、ニーズを理解し、具体的な解決策をその場でつくっていく必要があります」

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訥々と語る姿に、長年の経験の重みを感じました

ーーーなぜ「サロン」を行っているんですか?

「こんなことがありました。常総はブラジルからの移民の方が多いところなんですが、サロンにブラジル人のおばさんと日本人のおばさんが2人で連れ立っていらしたんですね。元々知り合いなんですかと聞くと、避難所で知り合って、このサロンのことを聞いて来たというんです。このように、災害は今までの暮らしを壊してしまう一方、復興していく人々のあいだに新しいつながりを生み出すこともあります。こうしたつながりをサロンでも生み出したいし、豊かにしていくお手伝いができればと思っています」

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災害のソフト面に取り組む。それは、一見地味で、短期的な効果も見えづらい活動かもしれません。でも、災害に遭った人たちが日常に復帰していくために、感情面の回復、人間的なつながりを取り戻すことはやはりとても大切だと改めて感じましたし、現場レベルでこうした活動に取り組み続ける渡辺さん、アドラの存在にとても勇気づけられました。しかし、常総の復興はまだ終わっていません。今後も遠くに住む私たちにできることを考えていければと思います。

ADRA Japanの寄付ページ

【アトラス日記の過去記事はこちら】
vol.1 獣害対策の最前線:NPO甲斐けもの社中
vol.2 世界中に安全な水を届ける仕事: NPO WaterAid Japan
vol.3 8300枚の棚田を一枚ずつ再生していく:NPO英田上山棚田団

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