アトラス日記 vol.1 NPO甲斐けもの社中に会いにいく 〜獣害対策の最前線〜

こんにちは。スマートニュースの望月です。これからSmartNews ATLAS Programの第1期参加10団体の現場を一つずつめぐっていき、そこで学んだことをこのブログに書いていきたいと思います。

早速ですが、第1回目はNPO甲斐けもの社中さんを訪問いたしました。甲斐けもの社中さんは山梨県南アルプス市を拠点に、中山間地域の獣害対策に取り組んでいらっしゃるNPOです(地元の方は南アルプス市を”南プス”と呼ぶそうです。かわいい)。

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猿や鹿、イノシシ等が畑や田んぼを荒らしてしまうという「獣害問題」、ここ10年ほどの間に日本各地の中山間地域で問題になっています。なぜ、各地で一斉に同じ問題が発生しているのか、土曜日にもかかわらず無理を言って実際の現場を見せていただきました。

まずは、南アルプス市役所前で甲斐けもの社中の山本さん・宮川さんと集合。山本さんの左手には猿の場所をリアルタイムに追跡するための機材が!

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左から、宮川さん、山本さん

山本さんは、大学院での研究時代から山梨によく来ていたそうで、5年前に本格的に移住されたとのこと。宮川さんは、山梨生まれ山梨育ちのばりばり山梨人です。お二人とも山梨ローカルに密着した活動をされています。

獣害はどこで起きているか

車に乗って早速出発。山沿いに上っていくときれいな里山が見えてきます。ちょうど稲刈りの時期で、心が洗われる風景が広がっていました。

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そんな風景のすぐ横に、獣害を防ぐための大規模な柵が設置されています。こういった柵は行政によって設置されるのですが、日々のメンテナンスは農家など住民の方々に任せられているそうです。

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左手、道路脇に柵が設置されている

柵の高さは2メートル以上、背の低いイノシシや鹿はもちろん、身軽な猿を防ぐために、柵の上部に設置されたワイヤーに電流が流れています。

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獣害がいま日本中で起きているわけ

獣害問題は、ここ10〜20年のうちに、日本各地で同時多発的に発生しています。もちろん昔から森にけものはいたわけなので、獣害も昔からの問題です。たとえば室町時代には、夜通し焚き火をしながら、交代で寝ずの番をしていたという話もあるそうです。

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しかし、近年起きているのは、より大規模に、けものが群れで森から降りてくるという現象。これが全国各地で起きています。山本さんは、それが中山間地域の高齢化と過疎化に理由があるということを教えてくれました。

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こちらに示されている通り、日本では高齢化率が23%を超えています。そして、それに伴い耕作放棄地がどんどん増えています(『獣害対策白書』より)。耕作放棄地というのは、人が手入れをしていない田畑のこと。農業の担い手が高齢化し、過疎化が進み、耕作放棄地が増えている、これが今の日本で起きていることです。

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雑草が生い茂る耕作放棄地

柵の脇にも耕作放棄地が広がっていました。雑草が生い茂り、人の気配がありません。人の気配がなくなると、猿などのけものにとって、里山に降りるリスクが低くなります。そして、里山には栄養価の高い食べ物がたくさんあります。米やくだものだけではなく、人間は食べない桑の実も猿にとっては大好物です。耕作放棄地の増加が、こうしてけものを里山に呼び寄せていきます。

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耕作放棄された柿の木もありました。こうした果樹は放棄果樹と呼ばれます。栄養豊かな食べ物を食べることで、けものたちの栄養状態は改善し、以前より早いスピードで数を増やしていきます。そうして増えたけものたちがどんどん森から降りてくる。里山の人と森のけもの、この間に長く保たれていたバランスが、いま日本中で崩れ始めているのです。人と自然、けものの共生関係をどうにか再構築していく必要があります。

「誰」が里山を守るのか

問題は、このバランスを維持するための獣害対策の担い手です。「誰」にこの里山を守ることができ、「誰」にこの里山を守る責任があるのか。たとえば、けものを抑える電気柵も”つる”が絡むと漏電してしまい、猿が簡単に飛び越すことができてしまいます。

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つるに覆われた電気柵

 

つるを刈り取る、柵に空いた穴に気づいて補修する、柵を越えたけものを追い払う。これらの作業を日々地道に行っていくのが獣害を防ぐことにつながります。でも、そもそも耕作放棄地が増えているからけものが降りてきていたわけです。高齢化が着実に進展するなかで、獣害対策を誰がどのように担うのか。こうした「担い手」についての問いを考えざるをえない状況になっていると思います。

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テレメトリー調査中。猿の群れがどこにいるか特定する

 

一つの方向性が、最前線の農家さんたちに最大限の力を発揮してもらうという方向性です。甲斐けもの社中さんは、テレメトリー調査という手法で猿の群れの居場所を特定し、一日一回農家さんたちにメールで送信しています。すると、けものが今どこにいるかわかるので、近くの農家さんたちが自発的に追い払うようになり、獣害をかなり減らすことができたそうです。いま起きている獣害が新しい問題であるがゆえに、現場の人が適切な対応策を知らないケースもまだまだ多い。そんななかで、最前線の人たちをエンパワーするアプローチはとても大切だと思います。

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もう一つは、里山の「外」の人々が、獣害対策に関わる方向性です。これまでは、里山の最前線に農家の方が「いる」ことによって、獣害が抑えられてきました。しかし、里山の恩恵を受けているのは農家を営んでいる方々だけではありません。そこでつくられた農作物は、商品として都会で売られることもあれば、「田舎の実家から」都会の家族に送られることもあるでしょう。美しい里山の景観は近くのまちに住む人、そしてさらにその外に住む地域、都会の人たちにとっても大切な財産です。里山の「外」の人々も、里山の問題と無縁ではないはずです。

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最前線にいない人たちが獣害対策にかかわる、このことをどうすればより具体的に考え、実現することができるでしょうか。たとえば、現在は耕作放棄地となってしまっている農地を、近くのまちや都会の人が管理者となって田畑として活用する仕組みをつくる。住むことは難しくても、年に数度なら来れるかもしれません。そのことで、けものに対する抑止力を少しでも高めることができないか。

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農業に直接従事している人たちだけでなく、NPOを含む民間セクター、国から市区町村までの公的セクター、そして一人一人の個人、市民がどのように関わっていけるか。どうすれば、当事者であることの境界線を揺るがしていくことができるか。決定打はなくても、クリエイティブな解決策を一つずつ生み出していくしかないのだと思います。山本さんたちの頑張りで、その芽は少しずつ出始めているのかもしれません。

なくなることを目指してNPOは戦う

最後に山本さんが話してくれました。「NPOは社会課題を解決するために存在しているのだから、その社会課題を解決して、なくなることが一番の目的だと思います」。なくなることを目的とする組織、もちろんすぐに解決する問題でないことは山本さんが一番よくわかっているはずです。でもその理想を追いかけている姿がとてもかっこよく感じました。

 

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左から、中井(SmartNews)、宮川さん、山本さん、望月(SmartNews)

アトラスプログラムを通じて、南アルプス市、山梨県、そして日本全体の獣害問題の本質が、里山の現場からより多くの人に向かって、知ってもらえるきっかけをつくれたらと思います。山本さん、宮川さん、これから一緒にがんばりましょう〜!

 

(現在、一緒に取り組んでくれる仲間も募集中とのことです)
HP: http://kai-kemono.org/
FB: https://www.facebook.com/kaikemonosyachu

 

【参考】獣害を知るならこの白書!無料!

獣害対策白書はこちらから無料でダウンロードできます。甲斐けもの社中さんが同志の団体さんと作った決定版です。かわいいデザインで問題の要点がまとめられているのでとてもおすすめです。しかも無料!

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